いわた・きよしのホームページへようこそ

私の、2008年「国展」出品作です。

私が関わる全てのホームページの全面的見直しを契機に、版画の概念をも全面的に見直しました。

この結果、約50年の画業の節目となる作品の中から25点をセレクトし、25cmx25cmの正方形に凝縮して、
次のような「複眼構成の一点作品」にも成り得る一組の「ポストカット(PostCut)」版画シリーズ」が誕生しました。

当初、36点一組のものをを考えていたのですが、「国展・版画部」には作品の大きさ制限があるので、
25点に絞り込んだ時点で、私の画業履歴の前半に、どうしても捨て去ることが出来ない節目が多くあり過ぎて、
後半の主軸である「芸術と数理科学の調和有る協調」をテーマにしたアルゴリズム(算法)美術の多くが居場所を失ってしまいました。
左上の画像は、1957年2月10日制作の原画に対して、数回にわたって「CG追い描き」処理したものです。
右下の画像は、2008年3月10日に算法演算が終了した出来立ての、全体を代表する題名でもあるアルゴリズム版画”MicroMap”です。

各画像の中央部をクリックされれば、面積10倍画像と、何らかのコメントなどがあれば、それを表示します。

  

     

 

この一組を成す「ポストカット」版画それぞれの、オリジナル及びCG追い描き版画「ポストドロウ」の画面は、大半が横長画面です。

このため、25x25cm25枚組の「ポストカット」版画集100組に限って、シートのみの直販を企画しました。
限定数切れでもって、販売完了とさせて頂きます。 同様の再企画を、二度と行う予定は御座いません。 

  

 

在庫数等の最新情報とご注文の、

 

   

もしも、時間に余裕がお有りでしたら、以下のページも覗いてみて下さい。 私の本業が芸術に在ったからこそ、
世界に類例の無い、かつ、有用な知財を、この世に不可欠なものとして、世に知らしめるところまで到達した
ということが必ずお解かり頂けると信じています。 人真似(独学・集団学)は、詰まるところ、猿真似でしかなく、
知的水準・技術水準を押し上げはしますが、ここに居座っている限り、真似た知見を、絶対、追い越せないのです。

ここに、拓学(自ら開拓する学といの意)という言葉を産み出して自らを叱咤激励して来た私の生き様があります。

いわた・きよし 芸術系を重点にした履歴

自作・自写の画像を通して、なおかつ国展と中部国展とそれ以外の美術系履歴とに三分割したページ構成です。

ただし、私を取り巻く様々な事情に因って、私のホームページは昼夜平日休日の区別なく、絶えず変化し続けて
いますから、このため、いつまで経っても空部屋のままのページも随所に存在します。気長に見続けて下さい。

この度、ホームページをリニューアルしたところ・・・、思いがけないほど多くの方々から、 『国展、中部国展、国際コンクール展等々に出品した作品についても、レプリカ(複製)やコピー(複写)ではなく、あくまで、 「ポストドロウ」 「フォトカット」 「ポストカット」 での制作と、この販売を』とのご要望を承りました。時間の許す限りご期待にお応えする所存で頑張ります。ご期待ください。

岩田清(いわた・きよし)全履歴要約

1940年 8月17日 名古屋市中区に生まれる。 父(新之助は、木彫家・大仏師(代表作=空襲で消失した名古屋・大須観音の仁王像)、その他、名古屋城金鯱の原型復刻、静岡・浜松、愛知・半田、三重・桑名の山車彫刻等々)
1949年 4月 一念発起し、海外にペンフレンド(ペンパル)を求めて、マリアンヌ・シルヴィーヌ・ルフェールを知る。
7月 彼女の、父親の学友・親友の、詩人・高橋玄一郎氏が経営する温泉旅館で、長期休暇目的の両親と共に来日した移行マリアンヌと出会い、意気投合して、8月17日、「大きく成ったら結婚しようね!」と固く約束する。 以降、毎年の夏休み、冬休み、春休みの再会の他、頻繁な手紙の往還を通して、彼女と共に成長した。
1957年 1月 高橋玄一郎氏の紹介で、詩人・北園克衛氏、美術評論・滝口収蔵氏、西洋文学・西脇順三郎氏、言語音韻学・服部四郎氏らの知遇を得る。
6月 服部四郎氏の好意と尽力によって、当時は、紙カード入力・紙テープ出力の電子計算機を駆使できる立場を与えられ、このマシンが、将来、省時間・省労力目的のロボットとして、自分の最も信頼できる道具となることを直感する。
8月 万葉仮名文を入力すれば、現代語が、音声あるいは文章や文字列になって返って来る。 このようなシステムをを真に構築するためには、この目的に沿ったデータベースの更なる拡張と、これを学術・事業へ持って行くために、「芸術家としての詩人」のタマゴである自分は、これから何を成すべきかとを真剣に考えて、それまでの格調高い「主観詩」を書いていた道を修正し、これ以降、抽象絵画ならぬ、抽象詩(=抽象的な俳句、短歌、詩)の創作を開始する。
1958年 上述の縁で、「現代詩手帖」新人賞、「詩学」新人賞を受賞。
1959年 3月 抽象詩の視覚的具現化を考えて、詩画(「ぽえじまーじゅ」「でもぐろびん」)と共に、版画の創作を開始する。(=私の可視化処理に関する知見・地財の原点) 
5月 この詩画と版画創造への努力の結果、マリアンヌの父親の、「レジスタンス運動同志」で、家族同様の縁が有ったアンドレ・マルロー氏(小説家・後に、フランス文化大臣)の紹介により、ジャン・コクトー氏の知遇を得る。 
7月 コクトー氏の紹介で、マリアンヌの母親の遠縁に当たるマックス・エルンスト氏の知遇を得る。
1962年 7月 独自発想技法の版画を、第1回「中部国展」に出品し「新人賞」受賞。 以降、当展には、毎年出品している。
1964年 2月22日 私の海外の著名人との交流の要であった婚約者マリアンヌ・シルヴィーヌ・ルフェールを航空故で失い、この
悲しみから脱却するために、滝口氏、マルロー氏の薦めに乗って、本格的に美術活動に乗り出す。
1965年 1月 私の美術活動の主流を版画と定める。芸術とは何か?美術とは何か?版画とは何か?を追求し始める。
4月 第35回「日本版画協会展、第39回「国展」、 5月 「ジャパンアートフェスティバル65」、 6月 第7回「現代日本美術展」に初出品し、いずれも新人賞受賞。
1966年 1月 第1回「クラコウ国際版画展・ワルシャワ美術館買上賞、クラコウ美術館買上賞受賞。
2月 シアトル国際版画展・シアトル美術館、ポートランド美術館買上賞、「審査員特別賞」受賞。
3月 版画収集家ブレークモア氏の尽力により、大規模個展をニューヨークで行う。
4月 「日本版画協会展・奨励賞」受賞。 「国展・40周年記念賞、国画賞」受賞。
5月 リュブリアナ国際版画展で「美術館買上賞」受賞。
7月〜9月 ただ単に、色彩感覚の優れた版画家としてではなく、色彩心理学、色彩生理学、色彩物理学、色彩工学の優れた知財保持者として招聘されたアメリカ国内各地で、その後の「情報解析可視化処理手法につながる講演を行って、多くの知人・友人を得る。
1967年 4月 「日本版画協会展・協会賞」受賞。
1968年 3月 ビデオシステムに拠る「光ハウリング」を世界に先駆けて発見。
5月 この「光ハウリング」を「アナログコンピュータ」として活用することを考案する。 この独自知見を活用することに拠ってビデオアートにも進出する。
8月 この「アナログコンピュータシステム「を、省時間省労力目的に適う簡易繊維柄自動創作装置として駆使した作品を個展形式で大々的に展示したことに拠ってディオール氏、カルダン氏らの知遇を得る。
11月 この手法を活用した作品で、「ジャパンアートフェスティバル68・買上賞」受賞。
1970年 1月 普通紙コピーの登場に芸術的可能性を見出し、コピーアート分野にも進出する。
3月 この手法を活用した作品で、ニューヨーク近代美術館(MoMA)「今年、今月、今日」展で「大賞」及び「審査員特別賞」受賞。
1972年 4月 「国展・会友優作賞」受賞、国画会版画部会員に推挙される。
1973年 5月 「ミュンヒェン・ビデオ芸術展・大賞」受賞。
6月 これを契機にして、作品(美術・音楽)創造と、創造のためのアナログ電子装置の製作を本格的に開始。
1974年 5月 「トロント・ビデオ芸術展・大賞」受賞。
7月 板目木版画で「セントルイス国際版画展」で「金賞」受賞。
10月 「プラハ国際版画展」で「透明蛍光版画」「AB両面版画」「擬似空間版画」を出品し「金賞」受賞。
1975年 2月 創造のためのアナログ電子装置(=「音の版画」Dタイプ・リアルタイム制作装置)「フォノビジョン」「カラフォン」が、ニューヨークのディスコを震源地に全米でバカ受けした。
1978年 2月 名古屋市芸術奨励賞の、美術部門の最初の受賞者になる。
4月 これを記念して行った名古屋市博物館での大個展の目玉として、「音の版画」A〜Dタイプの展示と共にブラックライト蛍光灯照明下の「蛍光色版画」「夜光色版画」の魅力を、日本における「里帰り展示」とした。 この里帰り展示のメインタイトル音声を、現在、(株)イソップのメインホームページ rinne.co.jp の冒頭のコンテンツ音声として再利用している。
1979年 1月 マイコン「アップル」を活用して、繊維柄出力システム「VirtualTex」第1版を試作する。
1980年 2月 ファッションシミュレーションシステム「着せ替え人形」を世界に先駆けて開発する。
1982年 1月 「入力波形N分割要素解析可視化処理手法」を発明。
3月 この独自手法に拠り、世界に先駆けて、フラクタル事象集合内部・外部に存在する様々な事象起因のパターンの発見に貢献した。 この独自知見の成果によって、非接触情報解析可視化処理手法のパイオニアになった。 この技術を貿易摩擦解消のための手段として、1983年〜1991年 日米のスーパーコンピューターに関する軋轢問題に対して、情報解析可視化処理のプロフェッショナルとして重大に関わり、日本側の有利を勝ち取った。
12月 暫時、板目木版画に立ち戻って「セントルイス国際版画展」で「金賞」受賞。
1983年 2月 「固有振動周期階重畳解析可視化処理手法」を発明。
1985年 8月 コンピュータプログラミングに拠る「文字版画」に拠り「バーゼル国際芸術祭展・大賞」受賞。
9月 「パリ国際コンピュータ芸術展・金賞」受賞。
1986年 1月 「固有振動周期性探査解析可視化処理手法」「固有着色周期性解析可視化処理手法」を発明。
6月 この独自手法に拠って、世界に先駆け、純粋に数学的な複素平面において、意味の有る渦巻き構造が直線上にも存在することを発見した(=平角の可視化)。
1988年 3月 「芸術と数理科学の調和ある有機的統合」をモットーとして、純芸術から純数理科学に跨る情報解析可視化処理を主業務とする 株式会社イソップ を起業する。
1990年 5月 ニットマシンで著名な島精機製作所・島正博氏の知遇を得て、これ以降、繊維産業界にも法人として関る。
1996年 1月 「漸化式反復演算回数小数部抽出可視化処理手法」を発明。 
4月 この独自手法に拠って世界に先駆け、漸化式解析手法(ニュートン法)が、反復回数毎に固有の解が解を持つ行列解であることを発見した。
(株)イソップのメインホームページ rinne.co.jp の冒頭のコンテンツ動画像は、上述の「入力波形N分割要素解析可視化処理手法」「固有振動周期階重畳解析可視化処理手法」「固有振動周期性探査解析可視化処理手法」「固有着色周期性解析可視化処理手法「漸化式反復演算回数小数部抽出可視化処理手法」の協調によって演算描画したものである。 この内の、どれかが欠けても、これと同等の動画画像にならない。 この知見・知財が、新たな暗号・認証のコアとして世界から注目されているのである。
主な美術作品収蔵場所
ニューヨーク近代美術館、テイト・モダーン、ポンピドーセンター美術館(水彩バレン刷り板目木版画、板目木版画の版木のリサイクルに拠る「版画の素」、 油性板目木版+蛍光色刷りステンシル、ドライポイント、エッチング、リトグラフ、コピー版画、ガラス及びアクリルに拠る「透明版画」、 「光ハウリング」に拠るビデオアート「Optical Fantasy(「音の版画」)」、 コンピュータプログラミングに拠る静止画「Micro Map」、 コンピュータプログラミングに拠る動画「Fractal Fantasy」及び 「Chaotoc Fantasy」。 ワルシャワ国立美術館、クラコウ国立美術館(油性刷り木版画)。 デュッセルドルフ芸術博物館、シアトル美術館、愛知県立美術館、名古屋市博物館(油性板目木版+蛍光色刷りステンシル)等多数。
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